喜多方と言えば朝ラー。
朝ラーと言えば坂内食堂か。



昨夜の酒場、煮込酒場 道頓堀で夜ラーをキメ、
まだ胃袋内で昨日の麺がぐっすりと寝ている早朝7時に坂内食堂の朝ラーをキメた。
まぁまぁの不健康ムーブだが、
早起きをして動き出した自分を褒めてあげたい。

不健康ムーブのあとは健康ムーブをすればそれでチャラさ。
そう自分に言い聞かせ、
健康を取り返すかのように朝の喜多方の街をふらふらと散策することにした。






喜多方の歴史をビンビンに感じながら歩いていると、
一軒のパン屋さんが目に留まった。

まずいパンあります
毒りんごサブレー
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・
なんだこの不健康そうなやつは。。。
これは珍スポット好きとしては通り過ぎるほうが難しいぜ。

あまりにも香ばしい看板に吸い寄せられエントリーすると、
それはそれは昔懐かしい昭和の残り香がプンプンするパン屋さんだった。





店内には本当に日本一まずいパンや毒りんごサブレーが並べられ、
『頭にあててから食べると頭が良くなります』と
一瞬、ヤベェ店主系の店かと思ったが、
『当社の研究の結果、効果はありません』などと、
店主のユーモアであると判明し、ひと安心。

なんだか面白そうなので店主にお話を聞いてみることに。

創業は明治30年(1897年)とのことで、
当時は和菓子屋だったそうな。

戦後の頃にパン屋へと業態変更するが、
郡山市に山崎パンの工場が出来るとこの街にも安いパンが流通するようになり、売れ行きが激減。
今度は製麺所へと再びジョブチェンジをされたとのこと。
しばらくは店頭や喜多方の駅前でお土産用の箱ラーメンなどを売っていたのだが、近所に架かる木造の橋が大雨で流されると人々の往来が減り、
それとほぼ同時にやり手の同業者が近所に爆誕するというダブルパンチに見舞われると再び売れ行きが激減し、ついにはラーメン屋を始めてしまったのだ。
それが約40年前のこと。

勝手な想像だが、そうした試練の中で生き残る術が先程の毒リンゴサブレーやまずいパンなのだろう。
こうなるとラーメンの方も気になる。

喜多方ラーメンの枠を完全にぶっ壊した、
イスラム系の方々にも安心そうなハラールラーメンなんてのもある。

つい今しがた坂内食堂で朝ラーしたばかりだったので、
一旦熱塩温泉でのんびりと過ごし、空腹が訪れるのを待つことにした。

湯ったりと過ごし、腹の虫が鳴ったところで再びエントリーだ。


ハラールラーメンも気になるが、高級岩塩の会津の山塩が破格の900円とは捨てがたい。
ここは山塩ラーメンに軍配が上がりお願いすることに。


透き通るスープを掬いあげズズズっとすすると、、、
うん、うまいっ!
さすが会津の山塩っ!

どこか甘みを感じる高級山塩のスープは、
一滴残ることなくドンブリから消えた。
あのちょっとふざけてた毒りんごやまずいパンからは想像も出来ないぐらい、ちゃんとウマい山塩ラーメンだ。

帰り際、
山塩ラーメンめちゃめちゃうまかったです!
さすが会津の山塩っすね!
と伝えると、
あ、おいしかった?
ヨカッタヨカッタ!
とニッコリ。

山塩って特約店でしか使えないんですよね!?
と、昨晩の会津田舎家で教えてもらった知識をひけらかすと
そうそうよく知ってるね!
だからうちもちゃんと使ってるよ、
トルコ産をねっ!!
などと言い放たれた。。。
あんな高いもん使ってらんないよ!
スープにしたら違いなんか分かんないしね!
あっはっはー!!
と屈託のない笑顔はどこか憎めない。。。

確かにどこにも“会津の”とは書いていない。

なるほど、、、
幾度となく試練を乗り越えてきた家系を持つパン屋の逞しさが垣間見えた気がしたぜ。。。

今日は運転があったから飲めなかったけど、
今度はここでこの店主の笑顔もツマミにして一杯飲りたいな。

やまぐちの店主、
いつまでもご健康に♪


山口菓子本店・蔵一番 やまぐち









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